古/いにしえの面影       其の五百七拾

怪しい親爺輪っぱの会 別館 一人歩き編です。

 撮影日  2009年06月25日 木曜日

大阪府門真市稗島(枝切街道)
茨田の堤の完成後、低湿地が徐々に開拓され、鎌倉・室町時代にもなると河内平野中央部の最も低湿な池沼地を除いて、ほぼ現在見られる集落が成立していたと思われます。
 江戸時代には古川の流れも定まり、京や大阪に近い立地の重要性から市内の約8割以上が天領となり、直接江戸幕府の支配を受けました。豊かな水郷農村として近世集落が形成され、「段蔵」「バッタリ」などの人々の知恵と工夫が生み出されました。
 江戸時代後期には菜種や木綿の栽培でも発展を遂げ、
蓮根栽培も活発になってきました。
(門真市HPより)

今回は袷技で〜^^;
(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

井路川が辛うじて
残っています。

※原風景は遠くなりにけり〜

府道の横を通るたび
いつも気に成る所です。

※忠魂の碑

扉が付いていたんでしょうか?

※多宝塔?が路地の奥から
呼んでいます〜

府道を横切り
こちらの路地から〜

※いきなり農家路地

振り返れば〜
車の所が府道です。
背高蔵〜

※水との戦い?
石垣材料が至る所に・・・

百日紅が〜
夏の路地。。

※石材とキュウリが
ニラメッコ!

北角に蔵が
ここら辺のスタンダード。。

※虫籠窓ではない
背の低い二階建て。

少し休憩〜
もう休憩。。。

※ここも北角蔵
角石は唐臼〜

大きくて
薄い造作の綺麗なものです。

段蔵にも見えますが〜
御領は近くです。

惚れ惚れしますわ〜
前に尼崎で見ましたなぁ〜



行き過ぎて振り返っても
良い顔してます〜

※先へ〜

ん?エエなぁ〜
白壁土蔵に
立派な楠。。

※楠(門真市の保存樹)
貴重な文化財です(ホントホント〜)

この辺りのランドマーク
ゴミ焼却工場の煙突。。
ここも元井路川か?

※スベル!気をつけよう〜っと。。
先は中央環状線です。

ん?此処も気に成っていました。

※中環の道路内に
鎮座しています。。

こんな井路川が縦横無尽に
走っていたんでしょうね。

※ここは元野良道??

喜左衛門 樋之跡
昔この辺りは排水の便が悪く寺方一帯十二箇村は打ち続く水害に
作物取れず農民の困窮ぶりは見るに忍びないものがあった。
寛永十一年(1634)当時南寺方村(守口)の庄屋喜左衛門は
意を決して四番村(門真)にあった樋門を、この地に移したため、
その身は官威を無視したとして翌年3月15日に処刑されるにいたった。
しかし農民の喜びと感謝は言うに及ばず樋門は『喜左衛門樋』と呼ばれ
以来三百余年この地域を水害から守り続けたのである。
因みにこの樋は私作樋で長さ四間二尺二寸内法一尺七分3年ごとに
修理される事などが決められていた。
ここに自己とその一族の犠牲をも顧ず農民の為に殉じた
悲劇の喜左衛門樋である。 石版刻




昭和53年再建。。
大阪万博の昭和45年に
中環が完成しているので
それに伴い撤去されていたのでは?

※ここを入っていきます。

見返れば〜
ランドマーク。。

ここは街道沿い。。

※そこからの外れ〜

この先は、当初の場所。。



ねっ!

※トタン被せも〜

煙り抜きも…

※ここもトタン被せ。。

おお〜っ!
立派な石製蔵ですね。
関東では、よく見ましたが〜

※屋門も綺麗に〜

稗島自治会館
ん?エエモン見っけ!

枝切街道なんですね。

明治24年製のお洒落な灯篭〜
ガス燈だったのでしょうか?
菜種油のランプだったんでしょうか?

※妙見宮
右 守口・吹田

左 なら・野崎
やはり信仰の道
なんでしょうか?

※緑青をふいてますが〜
綺麗に残されています。

地蔵堂も〜

※突き当りで見返れば〜

石の蔵も
お洒落な造り。。
サイディングしてませんか?

※成覚寺さん前の
立派な地蔵堂

成覚寺さんの本瓦が
笑っていました。

※路地を進みます。

エエ路地でしょ〜
いつまで知った景色があるのやら。。
頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら〜
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