怪しい親爺輪っぱの会 別館 一人歩き編です。
撮影日 2009年08月08日 土曜日 | |||||||||||
御嶽山(おんたけさん)は、長野県木曽郡木曽町、
王滝村と岐阜県下呂市の境目にある火山である。 木曽御嶽山や御嶽ともいう。また、嶽の字体を新字体で表記した 御岳山や御岳などと表記されることも多い。 最高地点の標高は3,067m。(三角点は3,063.4m)日本百名山の一つ。 標高3000mを超える山としては日本国内で最も西に位置する。 日本国内では御嶽山より西に、御嶽山より高い地点はない。 古くから信仰の山として信者の畏敬を集めてきた巨峰で、 いくつもの峰を連ねてそびえる活火山である。 なお、最高地点の剣ヶ峰は県境から外れ、長野県木曽町内にある。 また、北部の継子岳の岐阜県側は、高山市となっている。 御嶽山は、北アルプスこと飛騨山脈の延長線上にあり、 北アルプスに含めるという説もあるが、 北側の乗鞍岳との間には稜線らしき峰々はほとんどないため、 一般的には御嶽山は北アルプスには含まれないというのが定説である。 しかし、間を横切る河川は1本もないのも事実である。 尚、中央アルプスとの間には木曽川が流れており、明らかに中央アルプスには属さない。 また、国立公園に指定されている北アルプスや南アルプスこと赤石山脈と異なり、 中央アルプスとともに国定公園にさえも指定されていない。 長野県の御岳県立自然公園および岐阜県の御嶽山県立自然公園には 指定されているものの、国立・国定公園に指定されなかったのは、 木曽ヒノキを主とする林業の盛んな地域であるという事情がある。 ここは、山岳信仰の山でもある。 通常は富士山、白山、立山で日本三霊山と言われているが、 このうちの白山又は立山を御嶽山と入れ替えて三霊山とする説もある。 開山は、7世紀初期とされ、室町時代には修験者の登拝が盛んになった。 御嶽信仰の山として一般にも開放されるようになったのは江戸時代で、 1786年覚明行者によって黒沢口が開かれた。 その後、覚明行者は、1791年小坂口を開いた。 1792年に普寛行者が王滝口を開き、この3つの道が長く使われてきた。 剣ヶ峰には、御嶽神社奥社がある。 教派神道の一つ御嶽教の信仰の対象とされている。 提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)今回は袷技で〜^^;
(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい) いつまで知った景色があるのやら。。
|
|||||||||||
Copyright c 2003 Office Young Moon. All Rights Reserved. |