古/いにしえの面影       其の五百五拾五

怪しい親爺輪っぱの会 別館 一人歩き編です。

 撮影日  2009年05月29日 金曜日

滋賀県甲賀市土山宿(白山神社)W
気に成る旧東海道を彷徨いに。
前回の水口宿の続きで。。
人が集えば信仰も〜

東海道土山宿の本陣跡も有る。
江戸幕府3代将軍家光の上洛の際設けられました。
大名や公家、勅使らが宿泊した場所で、
宿帳など当時使用していたものが残っています。

鈴鹿峠の急勾配が仇となり鉄道からは見放されたとか…

またまた古いデータを引っ張り出して〜
(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

東海道53次
土山宿驟雨(春雨)
「坂は照る照る鈴鹿は曇る、あいの土山雨が降る」と
鈴鹿馬子唄通りの田村川横の図

祭神は速須佐之男尊、天照大御神、豊受大御神。
創祀は不詳で、古くは牛頭天王社、祇園社などと呼ばれていた。


天明7年(1787)光格天皇の、嘉永元年(1848)に
光明天皇の両大嘗祭に、当社拝殿が悠紀斎田抜穂調整所となった。
また、明治元年(1868)旧暦9月22日、明治天皇御東幸御駐輦の時に、
当社境内が内侍所奉安所にあてられた。



唐臼?軸受けは有りませんが…

※結界柱〜

小判草満開?



自然石を意識した?
常夜灯。。

※杉木立に囲まれた境内。。

蝉時雨には未だ早い季節でした。
街道よりの参道〜

※山の神も

後ろの正面〜

※石油ショックもなんの其の〜
町道は町民の悲願。。

7月第3日曜日に行われる「土山祇園祭花傘神事」は
祇園祭の前宮祭と呼ばれ、
大字南土山十四組ごとに奉納された
花傘から花を奪い合う「花奪い行事」が行われる。
これは、承応3年(1654)に復興されたと伝えられ、
滋賀県選択無形民俗文化財になっている。

奪った花に札がついていた人は、その札を福袋に交換し、
家族仲良く家路につく

血止の洗場なんですが…
関係有るんでしょうか?ググッテも分かりません〜

※注連縄が気に成って〜^^;

宮西橋欄干
実際の橋より立派!

※水路です。。


社務所〜

※土俵も〜
宵宮は18時から始まり、大道芸、コーラス、稚児 
一升餅上げ(力石の原型?)、豆力士 泣き笑い相撲大会、
ミュージカル・オペラ座の怪人・日本歌曲、ビンゴゲームがあります。
白川神社さんと相撲の関係は江戸時代に、お茶を作る若衆が地方から土山に来て、
お茶とお米の豊作を祈願して、土山の若衆と宮相撲を行ったといわれています。

その伝統で土俵もあり、生後6か月から3歳ぐらいの子どもさんの
泣き笑い相撲として残っているんです。


四方につっかえ棒の有る
拝殿

※宝物庫

水神が鎮座する手水場

※其の屋根瓦の龍〜

破風付きの
桧皮葺の屋根が立派に!

※うっとりしますよね。

拝殿横からのベストショットかも?

※木製戸板も錠前も素敵に。

此処にも水神様

※注連縄(蛇状ですね)

ピンポンさんソソリマセン??

※新品のようなタイヤが。。

干支瓦



え〜っと。。。



綺麗な木目の〜



素足で玉石踏んで〜
土踏まずも刺激して〜

※軒下にも職人の拘りが〜


北海道十勝国帯広町
(郡市は未だなし)

変わるものと変わらんもの〜
いつまで知った景色があるのやら。。
頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら〜
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